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2016 Jan.15
Be Unique! ~オンリーワンであること~ Vol.17

資金ゼロからコースを完成。
プロライダー〈栗瀬裕太〉の奇跡を起こす原動力

“いい顔してる植物”と小田康平さん

『Be Unique!』では、「オンリーワン」な人・企業を訪問。その価値と魅力に迫ります。なぜオンリーワンなのか、どうやってオンリーワンな存在になりえたのか…。そこにはきっと、ほかにはない「夢」や「ストーリー」があるはずです。

今回、お話を聞かせてくれたのは、自転車競技界のオンリーワン、栗瀬裕太さん。BMX(バイシクルモトクロス)とMTB(マウンテンバイク)で多数の種目をこなす栗瀬さんがプロ入りしたのは、弱冠13歳。しかし、意外にも“天才キッズ”ではなかったとか…。

そんな栗瀬さんですが、選手として輝かしい成績を収めるのみならず、自ら企画書を持ち込んでコースを手がけたり、資金ゼロ(!)から世界基準の練習場「YBP(Yuta's Bike Park)」を完成させたり…と、数々の“ミラクル”を巻き起こしてきました。その原動力と秘密に迫ります。

自分のジャンプで会場が沸いた!
子どものときの感動が、すべてのはじまり


20インチ径ホイールを持つ競技用自転車、BMXによる栗瀬さんのライディング。
(映像提供:YBP PROJECT)

栗瀬さんの肩書きは、“マルチプロライダー”。こう呼ばれる由縁は、BMX(バイシクルモトクロス)でレースとダートジャンプ、MTB(マウンテンバイク)では、ダウンヒル、4クロス、ダートジャンプと、多数の種目をこなすことにあります。

13歳でプロ契約を果たした後、20歳で初代全日本チャンピオン(フォークロス)を獲得、4年連続世界選手権出場(同種目)と、華々しい成績を収めてきた栗瀬さんですが、自転車競技に出会った経緯とは…?

「モータースポーツやスケートボード好きの両親が、僕が小学校1年生の頃にハマッていたのが、MTB。僕もMTBに乗るうちに、走るだけでなくジャンプをしてみたい…と思うようになり、BMXにも出会いました。山を登ったり下ったりするMTBと、人工的に作られたジャンプ台をいかに飛んで走り抜けるかが問われるBMX。どちらも違った魅力があり、両方に取り組むようになったんです」

しかし「小学生の頃は、仲間が課題やタイムをクリアしていくなか、最後までできないでいるタイプ。“天才キッズ”とは、ほど遠かった(笑)」とか。

「でも、すごく楽しかったんです。父親には『レースで最下位であっても、ゴールまでしっかり楽しむかどうかが大切だ』と言われていました」

父の教えどおり、楽しむことを第一にさまざまな種目に取り組むものの、練習は嫌いだったそう。自主的に練習を行なうようになったのは、小学校高学年の頃。ジャンプの多い競技への参加資格を満たす年齢が近づいたことが、きっかけだったと言います。

「ジャンプが大好きだったんです。それで小学5年生のとき、大会の会場で、スリーシックスと呼ばれる大技を見よう見まねでやったんです」

結果、転んだものの「あのキッズすごいな!」と会場は大盛り上がり。

「それまでは見ている側だったのに、自分が頑張ることで、みんなを沸かせることができた。当時の僕にとって、大きな自信になりました」

その後、大会で好成績を収めるとともに、MTBとBMXの両方で活動していることが注目を集め、13歳の若さで、メーカーとプロ契約することになったそうです。

「世界との差を縮めたい」。選手業と並行し、コース制作に着手

栗瀬さんインタビューの様子

プロとして徐々にその名を知らしめていった栗瀬さんに、次なる転機が訪れたのは、18歳のときです。世界戦のジュニア代表として遠征したスペインで、世界との差に衝撃を受けたとか。

「もう、規模からしてケタ違い。マスコミの注目度は、日本でいう野球やサッカーと同じレベル。競技の水準も、日本とは比べものにならない。『こんなコース走れへん!こんなジャンプ台飛んだことない!』という感じで…。当然、予選落ちでした」

「世界は遠いと感じました」と振り返る栗瀬さんですが、同時に「でも、届かないわけじゃない」という思いも抱いたと言います。

「環境の差だと思ったんです。練習環境が整っていて、トレーニング方法などの情報がきちんと手に入れば、きっと僕も、世界のレベルで戦えると信じていました」

それから時は経ち、2004年。22歳の栗瀬さんは、初代全日本チャンピオンとしてスイスでの世界戦に挑むことに。

「スペインと同じく、すごい熱気を感じました。決勝戦には何万人という観客が足を運び、テレビ中継もあって…。それを見て、『日本もこんな風に盛り上がって欲しい』と感じたんです」

そういった思いが結集し、選手活動のかたわら、栗瀬さんは世界レベルの競技コースをつくるべく、奔走するようになります。企画書を作りプレゼンしてまわった結果、長野県「富士見パノラマスキー場」のオフシーズンに、コースを設けられることに。

「選手業と並行して、スキー場の契約社員として働かせてもらえることになったんです。コースを作るにあたっては、デザインをするだけでなく、パワーショベルなどの免許を取り、自ら作業を行なっていたんですよ。完成すると、それまで開催場所のなかったBMX(フォークロス競技)の全国大会に使われるようになりました。僕がチャンピオンを獲れなくなるほどに、後輩たちが力をつけてくれたのもうれしかったですね。彼らが世界戦に挑んだ際も、僕のときより差が縮まっていると感じました」

五輪級のコース完成を!収入ゼロから、ミラクルを起こせたワケ

栗瀬さんインタビューの様子

後輩たちの成長を見て、ひとつの手応えを感じた栗瀬さん。しかし、やはり世界との壁はまだまだ厚いと思い知る出来事が起こります。2008年の北京オリンピックで初めて、BMXのレースが競技として採用されたのです。しかし当時の国内には、世界基準を満たすコースがなかったとか。

「北京のコースを実際に見てきて、まずはスキー場に相談しました。オリンピックレベルの練習ができる、世界基準のコースを作れないかって。とはいえ、その頃、世界基準のコースを走る技量がある選手は、片手で数えられるほどでした。集客にはつながらないコースのために大きな設備投資をしていただくのは申し訳ないと思い、最終的には、自分の責任でイチから作ろうと決意したんです」

一大決心のもと、スキー場の仕事を辞めた栗瀬さん。世界基準のコース作りのため、まず必要となったのは、土地の確保でした。しかし選手としての功績はあるものの、職を失い収入すらない栗瀬さんに、土地を貸してくれる人はなかなか現れなかったそうです。なぜ、無謀にも思える計画に挑むことにしたのか?その理由を尋ねると…。

「そのとき、僕はすでに20代後半。次のロンドンオリンピックを狙える年齢ではないとわかっていました。世界基準のコースを作るという挑戦も、失敗するかもしれない。でも僕の取り組みが注目されれば、オリンピックを目指す選手たちをバックアップしなければという風潮は生まれるはず。そう信じていたんです」

そんな栗瀬さんの思いが伝わり、“ミラクル”が起こります。山梨県北杜(ほくと)市が所有する土地を、格安で借りられることになったのです。

「最初はBMXの名前すら知らなかった役所の方々に、競技の説明からはじめて…。運よく土地は確保しましたが、トントン拍子には進みませんでした。最初は僕が1人でパワーショベルに乗って、黙々と作業を行なうだけ。数々の難題に直面し、一体何年かかるのだろう…と思いました(笑)」

一時は経済的にも追い込まれ、1日1食のカップラーメン生活を余儀なくされていたという、栗瀬さん。それでも挑み続ける栗瀬さんの熱意が、またも次々と“ミラクル”を呼び寄せることに…。

「役所の方をはじめ多くの方々が、『裕太くんは面白いことしてるよね!』と、手を差し伸べてくれたんです。地元の新聞記者、映像制作のディレクター、制作会社のプランナー、そういった方々が、メディアで発信してくれたことも、大きな追い風になりました」

競技の魅力に、誰よりも取り憑かれている。それが、活動の原動力


国内初となる世界基準のBMXトラックコースを持つ「YBP」が作られる様子と、完成時の映像。
現在施設では、国内トップレベルの選手から子どもまで、
多くのライダーが日々練習を行なっている。
(映像提供:YBP PROJECT)

そうして2014年6月、計画スタートから3年以上を経て、無事「YBP (Yuta's Bike Park)」が完成。スタート時、多くの人たちに「無理だ」と言われた、資金も経験もゼロからの挑戦。そこに挑もうと思った経緯を改めて、栗瀬さんに伺うと…。

「僕、全然、計画性がないんです(笑)。コースのために土地が必要と思ったらまず動き、じゃあお金はどうしよう…と後から考えるタイプ。自分でも、バカだな~と思います(笑)。でも思いが強い分、完成したときの絵が、はっきりと頭に描けるんですよね。選手として初代日本チャンピオンになったときも、前年から、表彰台でトロフィーを持っている自分を想像して、では、そこまでにどんなトレーニングが必要なのか…と考えていました」

そんな栗瀬さんの情熱の源は、BMX、MTBの魅力とも。

「このスポーツに、誰よりも魅了されているのは僕。選手としても、タイトルを獲ることより、僕の順位やパフォーマンスで会場が沸くことの方がうれしい。とにかく、このスポーツの格好良さを、より多くの人に知ってもらいたいんです」

「YBP」の計画開始時、「未来のオリンピック選手のために」と語り、大風呂敷だと言われたという栗瀬さん。現在も、その夢は限りなく大きく広がっていると言います。

「選手たちが、『YBP』でトレーニングして、メダルを獲ってくれたらうれしいですよね。でも、そこはゴールじゃない。メダリストとなった選手が注目を集めて、やがて、日本中にコースができていく…。そうやって、野球やサッカーのようなメジャースポーツになっていって欲しい。僕が初めてこのスポーツに出会ったときのワクワク感は、今でも僕のなかで息づいているんです」

撮影・松永光希

Information

YBP

栗瀬さんが2014年6月に完成させた「Yuta's Bike Park」、通称「YBP」。アマチュアコースと世界基準のコースをあわせ持ち、BMX、MTBの両方で走行することができる。また、栗瀬さんの活動は、オフィシャルサイトでも発信中。

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