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イベントレポート

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2017年8月6日(日) 11:00~12:30

岩田 陽子(いわた ようこ) / 写真家

「時のひだ」~フランス中世美術を訪ねて~

2017年8月1日~8月30日まで、d-labo静岡にて岩田陽子氏の写真展が開催された。
11~12世紀の南フランスを中心に花開いた、ロマネスク美術の一端を収めた数々の写真を観覧できる展覧会だ。
フランス各地の教会を結ぶ巡礼路には、当時、おびただしい人々やヨーロッパ各地の文物が行き交い、芸術・文化の発展に寄与したとされ、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
「このような文化の遺産を撮影することは、時の地層を掘り起こすような喜びを私に与えてくれました。ここ、現代の夢空間d-labo静岡に、約1千年前の文化が時空間を越えてどのような'光と影'を映し出してくれるのかとても楽しみです。」と岩田氏は語った。
今回のセミナーでは、展示されている写真の背景や歴史について、撮影中のエピソードなども交えてご解説いただいた。

ロマネスク美術の歴史と背景

ロマネスクという言葉は直訳すると「ローマ風の」という意味だ。11~12世紀半ばにかけて展開した、キリスト教美術様式を指す。この言葉は、美術史・建築史においては19世紀以降に使われるようになり、20世紀になってからは、その芸術的・建築的価値が見直されている。

ロマネスク建築は、同時代のビザンチン建築と同様、教会堂建築において最高の知識、技術および芸術が集約されており、彫刻や絵画は聖堂を装飾するための不可欠な要素であった。
「ロマネスク美術は、異民族の侵入がやんで西ヨーロッパの秩序が回復した後、学問と文化を主導する役割を担った、中世キリスト教会(フランスでは特にクリュニー修道会)の修道院活動によって各地で同時多発的に発展しました。この時代は、地方色を取り入れた教会がどんどん建てられ、巡礼をよびかけることにより、教会と教会を繋ぐ巡礼路も発達したのです。」と、岩田氏の夫・雅家氏は語る。

聖堂の外壁にはその土地の石が使われ、色合いもそれぞれに異なるという。その後、クリュニーの活動は華美、ぜいたくであるとの声が上がり、清貧をモットーとするシトー会修道院などが誕生。ロマネスク建築はシンプルな形に変化していく。

現代に遺され、時間の蓄積したそれらのロマネスク建築に魅了されたのが、今回の講師である写真家の岩田陽子氏だ。
「今回の写真展タイトル“時のひだ”とは、英語で表わすと“The layers of time”。layers(レイヤー)とは“層”を指します。つまり“地層(=レイヤー)に降りて、ロマネスク(=タイム)を掘り起こす”という意味を込めているのです。」

撮影では、その遺跡が華やいでいた過去の時間と、実際に撮影を行なった時間、そして後からフィルム映像を見返す時間の3つの時が交錯し、不思議な感覚にとらわれるという。

フランスをぐるり1周。各地のロマネスク建築について

さて、いよいよ岩田氏の写真を見ながらお話をうかがっていく。以下は、すべてフランス国内の遺跡となる。

最初はディジョンのサン=ベニーニュ大聖堂の地下祭室(クリプト)。地下室を支える数十本の柱の柱頭には彫刻がほどこされており、写真は祭室の入口にある柱頭彫刻で“葉の茂みに両手を広げて立つ人物”との解説があるそうだ。
「列柱の立ち並ぶ円形の空間が広がり、森を連想させるのです。」と岩田氏。

次は岩田氏が「マジック」と名付けた作品。被写体は、オータンのサン=ラザール大聖堂だ。中央扉の彫刻には、イソップの寓話も彫られている。
「中に入るとステンドグラスによって色付いた光が、私たちの日常暮らす空間とは全く違う、異空間にいると錯覚させます。いくつものマジックがあちこちにあるように感じられるのです。」

続いてサントル地方にあるノワルラック修道院。華美を排し、洗練された褐色系の石の外壁がエレガントな旧シトー会修道院聖堂は、13世紀初頭に建てられた。写真はゴシック様式の回廊だ。
「回廊は修道士の瞑想と手作業の場であったといわれ、光が非常に美しい。中庭には井戸があります。」

次の1枚はブルゴーニュ地方にある旧シトー会フォントネー修道院の回廊。写真では、中庭を囲む対の支柱が整然と連なっている。フォントネーとは「泉に泳ぐ人」の意味。その名のとおり、あふれる泉と光を抱き、木立の緑を映した端正なたたずまいの修道院だ。

次にブルゴーニュ地方のトゥルニュにあるサン=フィリベール聖堂。階上にあるサン=ミッシェル礼拝堂の厚い西壁に穿たれた小さな十字窓が特徴的だ。
「ピンクベージュの石壁に施された連続模様は、ロンバルディア帯と呼ばれるイタリアのデザインで、イタリアの石工が関わったといわれています。」

続いてコンクのサント=フォア修道院聖堂。ロマネスク様式の傑作とされ、12世紀に巡礼路教会として栄えた。この西正面扉口にあるタンパン(=扉の上の半円形の部分)彫刻の“最後の審判”は保存状態もよく、ロマネスク芸術の最高傑作のひとつと言われている。
「キリストは天国に向かって右手を上げ、地獄に向かって左手を下げています。そしてキリストの右手側には聖母マリアや聖ペテロなどの聖人たち、左手側には地獄での苦しみが示されています。ほとんど何も考えず、夢中で写真を撮りましたが、この彫刻が直接語りかけてくれたようで、素直に物語を理解することができました。」

そしてベルゼ=ラ=ヴィルにある修道士礼拝堂。1887年に発見されたロマネスク壁画はビザンチン風の青の色彩で有名だ。
「ロマネスク様式の代表といわれたクリュニー修道院はほぼ廃墟となっていますが、そこからほど近いこの小さな礼拝堂は、かつてのクリュニーの栄華をしのばせているように思われました。“ブルゴーニュの宝石箱”という形容がぴったりです。斜光が壁画の物語を浮かび上がらせてくれました。」

続いてはサン=サヴァンのガルタンプ川にかかる中世の橋。長さ100m、幅3.5m、5つのアーチを持つ。この橋は、ロマネスク様式の後に発展するゴシック様式に則ってつくられているのだとか。
「尖ったアーチはゴシック建築の特徴ですね。かつては通行税を徴収して聖堂の修復などに利用していたそうです。」

川のほとりに立つサン=サヴァン=シュル=ガルタンプ聖堂には、ロマネスク期のキリスト教壁画の傑作といわれる天井画が現存する。

人々の想い、そして想像力をかき立てる写真たち

興味深い写真と解説は続いた。

サン=ポール=ド=ヴァンスのマーグ美術館付属礼拝堂には、15世紀の木彫のキリスト像と、上部にはめ込まれたステンドグラスがある。ステンドグラスはジョルジュ・ブラックによる「白い鳥と葵」。それらを切り取った岩田氏の作品には、人の横顔の影が写りこんでいた。
「人が写っていない写真も撮ったのです。が、こちらの影のある方が断然いいな、と思いまして。実は、こちらの写真で賞をいただきました。」

写真は見る人の想像力をかき立てる。この写真はまさにその例で、写りこんだ横顔によって、それぞれに思いを巡らせることができる。

写真を撮るということは、立体を平面に変化させるということでもある。岩田氏の手によって映像化されたロマネスク建築や彫刻等が、独特の視点による光と影および構図で新たな命が吹き込まれ、観衆の心の琴線に触れるのだろう。

ここで、参加者からの質問にお答えいただいた。
Q1. これらはいつ頃、撮った写真ですか?
A1. 1997年~2000年に渡り、撮影したものです。

Q2. サン=ポール=ド=ヴァンスのマーグ美術館付属礼拝堂のキリスト像と人の横顔の影の写真について。ライティングはどのようにセッティングしましたか?
A2. 堂内は暗く、ステンドグラスによる光とスポットライトだけで撮りました。少しぶれていますが、きちんとピントが合っているものが必ずしも“良い写真”というわけではありません。この映像は神様からの贈り物のように思えます。

最後に岩田氏の夢について語っていただいた。
「ロマネスク建築に限らず、遺産を見ると、熱狂的な時代を経てしばらく忘れられ、そして再び発見され…というような、らせんを描きつつ変化していく動きを感じます。色々な事件がある現代ですが、挫けてはいけない。ささやかでも、今日より明日が楽しい、前に進んでいる、と思える活動を続けていきたいと思います。」 文・土屋 茉莉

講師紹介

岩田 陽子(いわた ようこ)
岩田 陽子(いわた ようこ)
写真家
静岡県静岡市出身。1967年~1971年 大学で仏文学を専攻。1996年より「須賀一写真教室」でカメラを本格的に習い始める。1998年~2003年 東京都写真美術館主催「女性だけの写真展」にて、入選・準優秀賞・優秀賞と数多くの作品が受賞している。2013年からは各所で写真展を開催。