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イベントレポート

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2015年5月25日(月)19:00~20:30

長谷川 雅治(はせがわ まさはる) / アジアサッカー研究所/サムライフットボールチャレンジ プロジェクトディレクター

アジアでサムライフットボール、やろうよ!
~アジアサッカーのリアルを知る90分~

インドネシアやベトナムの国民的スターであるサッカー選手が、Jリーグのクラブに移籍してきたり、タイ、ベトナム、ミャンマーのリーグとJリーグが業務提携を結んだりと、近年アジアサッカーについて耳にする機会が増えてきました。しかし、サッカー好きな日本人の方でも、「なぜアジアサッカーなのか?」、「アジアのサッカーはどうなっているのか」知らない人がほとんどではないでしょうか。そこで、今回は、アジアサッカー研究所の長谷川氏を講師に招き、黎明期を迎えているアジアサッカー界と、その荒波に揉まれながら日本流マネジメントで勝負をしている日本人サッカーマンたちをご紹介いただいた。また彼らと協働しながらアジアサッカー発展に貢献していくインターンシッププログラム「サムライフットボールチャレンジ」でどんな体験が得られるのかもお話しいただきました。現地に行かないと知る事のできない、アジアサッカーのネタが詰まった90分となった。

1800年代、労働者の「遊び」から「ビジネス」へと進化したサッカー

今回のセミナーは発展が期待されている「アジアサッカー」がテーマ。講師の長谷川雅治氏はアジアサッカー研究所のプロジェクトディレクター。スポーツマーケティング専門のプロダクション勤務という経験を生かし、現在は東南アジアを舞台に「海外サッカークラブ実践体験プログラム」である「サムライフットボールチャレンジ」を運営。アジアサッカーについてさまざまな現地情報を発信しているこの道のスペシャリストだ。

最近のJリーグを見ると、今シーズンはインドネシアのイルファン・バフディム選手がデビュー。昨年はベトナムの国民的英雄であるレ・コン・ビン選手がコンサドーレ札幌で活躍。Jリーグでも東南アジアの選手が目立つようになってきた。こうした日本と東南アジアを結ぶ流れをつくっているのは日本サッカー協会が推進している「アジア交流」とJリーグの「アジア戦略」だ。セミナーはこの本題に入る前に「サッカーの歴史」からスタート。歴史を紐解くと、サッカーの起源は少なくとも古代ローマの時代に遡る。中世のイタリアでも「カルチョ」というサッカーに似たスポーツがあったし、平安時代の日本には蹴鞠があった。サッカー発祥の地であるイングランドでは、祭りの日ともなると村人たちが1日中ボールを追いかけては遊んでいた。やがて産業革命が起こるとこうした農村部から大勢の人々が労働者として都市に住むようになる。週に一度の日曜日、彼らが気晴らしに楽しんだのはやはりサッカーだった。そうしたなか、1857年には世界最古のクラブチームであるシェフィールドFCが設立される。1872年には初のカップ戦を開催。それから7年後には世界初のプロ契約選手が誕生する。「コンペティションをやると他のチームに勝ちたくなるものです」と長谷川氏。そこで「上手な選手を金で雇う」という今に通じる考えが生まれた。リーグ戦が始まったのは1888年。同時に、「観客を入れれば儲かる」という発想からサッカーはビジネスにもなってゆく。スポーツとしてのサッカーもこの時代から、ヨーロッパ大陸をはじめ世界へと広がっていった。

「当時の大英帝国は帝国主義の国。サッカーはその植民地であるシンガポールや香港などアジア地域にも広がっていきました」

世界が狙うアジアのサッカー市場

南米に「上陸」したのは1867年、アジアでは1907年にフィリピンにサッカー協会が設立された。日本サッカー協会の設立は1921年。現在、サッカーは世界中でいちばん人気のあるスポーツであるとともに、グローバル資本主義に支配された巨大なマーケットとなっている。例えばイングランドのプレミアリーグの市場規模は約5,000億円。ドイツ、スペイン、イタリアなどのリーグが約2,500億円。これに対し日本のJリーグの市場規模は約500億円とまだまだ。それどころかアジア全体で放映権だけでも年間900億円もの金を欧州に払っている。

「サッカーをビジネスとして見ると、現状は日本のお金がどんどん海外へ流出している状態です。人気選手もお金で買われて、Jリーグは空洞化している。僕たちどれだけいい人なのか、といった感じですね」

こうしたなかで今注目されているのがアジア地域のサッカーだ。アジアはサッカーの地域連盟の中では最大のボリュームを持つ。アジアサッカー連盟の加盟国は47か国、総人口は44億5,000万人。人口形態を見ると多くの国で若年層にボリュームがあり、少なくともこの先30年は経済成長率が増えると予測できる。もちろん、このアジアでもサッカーは大人気のスポーツ。まだ統計上の競技人口は8,500万人足らずだが、それでも世界のサッカー人口のうち35%を占めている。経済が発展し、生活が豊かになれば人々の関心はさらにプロスポーツとしてのサッカーに向くはず。サッカーをビジネスとしている企業にとってはまたとない好機が訪れるのは言うまでもない。むろんヨーロッパ各国も「アジア戦略」を策定して現地にオフィスをつくるなど「消費者」である「ファン」の獲得に乗り出している。日本は現在、アジア各国に対して共存を呼びかけながら、指導者の育成や代表チームの受け入れ、サッカースクールの運営など、さまざまな試みを行なっているところ。また個人単位でも少なくない日本人が現地で活躍している。

「タイを見ると、日本人選手は約60人。指導者は6人。カンボジアではクラブチームを経営している日本人もいます」

現地でクラブチームの運営を「体験」する

その現地で活躍する日本人との間に太いパイプを持っているアジアサッカー研究所。主催する「サムライフットボールチャレンジ」は、それらアジアのクラブチームの「中の人=スタッフ」となって「本物のサポーターやスポンサーを相手にリアルなクラブチームの運営を体験する」といったもの。目的はサッカーを通したグローバル人材の育成。将来スポーツ業界で働きたい人やJリーグのアジア戦略に興味がある人には非常に役立つ研修プログラムだ。このセミナーでは体験者である彦根圭佑氏が登壇。3週間のプログラムについて、自身の体験をまじえて説明していただいた。

研修にあたり、長谷川氏が彦根氏たち参加者に与えたミッションは5つ。メインはカンボジアのクラブチームである『ビルト・ブライト・ユナイテッド(BBU)』のサポーターを「100人増やす」こと。サッカーを自分でプレーして遊ぶのは好きでも「サッカー文化」となると浸透していないカンボジアでは、プロサッカーを盛り上げるために不可欠なサポーター=観客が不足している。これに彦根氏たちは現地の大学生たちの協力を得てチャレンジ。見事100人以上を集めて「合格」を勝ち取った。現地の女性に「個サル」を体験してもらうといった他の4つのミッションもクリア。言葉の通じない、いわばアウェーでの体験は「一生の宝物」となったという。

グローバル資本主義では弱者は廃れるのみ。Jリーグを発足した日本のサッカーは、発展するとともに「世界に出会った」。その日本が「アジアへと出ていくのは必然」。長谷川氏の願いは「持ち帰った情報を日本のサッカー界に還元すること」だという。個人としての「夢」は「アマチュアでいいから東南アジアでスポーツクラブのオーナーになること」。

「この先、アジアの人たちが豊かになれば必ず人生のクオリティを考えるようになる。そこでスポーツクラブの果たす役割というのは重要だと思うんです。200年かけてつくられてきたクラブチームの歴史。それを自分でも辿ってみたいですね」

講師紹介

長谷川 雅治(はせがわ まさはる)
長谷川 雅治(はせがわ まさはる)
アジアサッカー研究所/サムライフットボールチャレンジ プロジェクトディレクター
JOC公式フォトエージェンシー、スポーツマーケティング専門プロダクションにて勤務。モータースポーツとサッカーを中心とした様々な課題解決に取り組んだ。2007年から5年間は、Fリーグ(日本フットサルリーグ)の立上げに広報として参画。広報戦略の立案・実施ほかプロモーショナルな視点から競技、クラブマネジメントの向上に従事。日本サッカー協会スポーツマネージャーライセンス保有。