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2013年8月20日(火)19:00~21:00

三中 信宏(みなか のぶひろ) / 独立行政法人農業環境技術研究所 上席研究員
東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授

ヴィジュアルなサイエンス
~分類と系統を視覚化する~

生き物の多様性を研究対象とする分類学と系統学は、生き物に関する知見や情報を「目に見える」ように体系化してきた歴史をもっている。生物多様性をその進化や系統にもとづいて論じるようになったのは19世紀以降。しかし、分類や系統を視覚化するための、さまざまな方法のルーツは、二千年以上前までさかのぼることが知られている。「これらの分類チャートや系統ダイアグラムを図像学的に見直すことにより、生などの対象物と知見を整理して理解するための視覚化ツールがもつ意義と役割を再考察できる。」と語る三中氏のお話を聞きながら、生き物の多様性について「分けるということ」から考えてみました!

「人間は分類する生き物」

 よく生物の進化などをわかりやすく説明するのに用いられる分類図や系統図。原初生命から始まった生物の派生をツリーの形で表わした図版などは誰もが一度は目にしたことがあるだろう。今回のセミナーではこうした「分類」や「系統」を人間はいつの頃から行なってきたのか、またその方法や対象はどういったものなのか、などについて講師の三中信宏氏に詳しく解説していただいた。
 冒頭は「私たちは分類をする生き物です」という定義づけから。分類というと生物学などのサイエンスを想像するが、実は人間は日常生活のなかで無意識のうちに目の前の物を分類している。そういう意味ですべての人間は「分類者」といえる。
 ではどうして人間は分類をするようになったか。理由のひとつは脳の能力にある。たとえば生物。地球上には1千万を超える種がいるが、人間の脳はその多様な生物のひとつひとつを覚えることはできない。そこで登場するのが「分類」だ。ダーウィンが1859年に「種の起源」を発表して以来、人間はどんなに多様な生物がいても、そのルーツはひとつであるという「安心できる」分類方法を用いて理解を深めてきた。こうして分類可能となったものをツリー(系統樹)の形で系統立てて説明してくれたのがダーウィンと同時代の動物学者であるエルンスト・ヘッケルだ。エルンスト・ヘッケルが描いた「生物時空系統樹」は、幹の根っこの部分に原初生物が置かれ、上にのびる幹から枝分かれした先に現存するさまざまな種が記されている。生物がどのように進化してきたのかをヴィジュアルで説明してくれた好例だ。
 もちろん、「分類」はあくまでも人間が自分たちのために行なっているものだ。鳥には自分たちがどんな名前だろうが、そんなことは関係ない。これは人間が生まれながらにして身に付けている技法だ。文化人類学の調査では、人間は世界のどの民族でも通文化的に生物を分類してきたことがわかっている。そこでの基本様式は、「階層的に分類する」、「階層は深くしない」、「各群はサイズがほぼ同じにする」の3つだという。
「私たちが一度に覚えられるアイテムの上限は600。これは世界の各地域の民族分類で区別される動植物の数と一致しています。」
 600を視覚的に把握するのにもっとも適したものが、この基本様式ということなのだろう。

分類・系統の視覚的フォーマットは3種類

 「分類」が目の前のものを見ることだとしたら、「系統」はその背後にあるものを見る考え方だ。そして「分類」と「系統」には必ず視覚化のためのツールが必要となる。ヘッケルの系統樹はまさにそれ。実は人間は進化論以前、過去2000年ほどに渡って、この樹木状のダイアグラムなどヴィジュアル的なツールを使って万物を分類、系統化してきた。
「ダイアグラムの体系は3つ。梯子状のチェインと、ツリー、そしてネットワークです」
 「チェイン」の代表的なものは18世紀にシャルル・ボネが提示した「自然界の階梯」。梯子状のダイアグラムには、人間を頂点に高等と思われる生物や物質が上から下へと並んでいる。視覚的には非常にわかりやすい、「単純だけれど強力な考え方」だ。「ツリー」は前述したヘッケルの系統樹。「ネットワーク」は「ツリー」がさらに進み、分岐したものがさらに融合したもの。これは「からんだスパゲッティのようなもの」で、現実には即しているかもしれないが理解はしにくい。人間のリテラシーを考えると、わかりやすいのは「ツリー」まで。ヘッケルはこの2番目のフォーマット「ツリー」を使用するにあたり、時間的空間的変遷を考えた。こうした「ツリー」はヘッケル以前から存在する。たとえば12世紀に造られたサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)の大聖堂の栄光の門、あるいはシャルトル(フランス)のノートルダム大聖堂のステンドグラス、これらの宗教建築にはイエス・キリストに至る直系の系譜が「エッサイの樹」というダイアグラムで表現されている。こんなふうに人間はその歴史の中で、「分類」と「系統」を生物以外のさまざまなものにも当てはめてきた。

万物に当てはめることができる「分類」と「系統」の考え方

 ここで三中氏が挙げたのが14世紀に書かれた「カンタベリー物語」。まだ印刷機がないこの時代、人は本を手で書き写して世に広めてきた。人間の為すことだから、そこには当然「つづり」の間違いなどが生じる。イギリスでは今も残っている約60冊のうちのどれが原書なのかを、「つづり」を対比することでつきとめるプロジェクトが進んでいる。
 もう少し身近なところでは「棒の手紙」。
「棒の手紙というのは、実は一時期流行った不幸の手紙のこと。だれか字のへたな人がいて、不と幸をひとつの漢字に読まれてしまったんですね。」
 本来なら「これは不幸の手紙です」と書くところを「棒」と読み間違えた人が、ルールに従って28人の人に同じ手紙を出した。するとそれ以後は「棒の手紙」が爆発的に増えた。このような間違い、あるいは差や変化を辿ることで、写本も不幸の手紙も系統樹にすることができる。「分類や系統はあらゆるオブジェクトが対象になります」と三中氏。紹介してくれた事例はほかに「百鬼夜行絵巻」や工事現場でよく見る「オジギビト」、「ポケモン」、弁当などについている「醤油鯛」、食パンの口をとめるクリップである“occlupanid”など。「万物は蒐集の対象」であり、それが増えてコレクションになると人間は分類せずにはいられなくなる。講師いわく、「これは人間の業」だ。
 セミナーの最後のトピックは人間の「こころ」。人間は興味に従って物を集め分類する。その人の頭のなかで生まれるローカルな知識体系は、必ずしもグローバルな体系とは一致しなかったりする。これは突き詰めていくと人間の認知能力の問題に行き着く。また、洋の東西にもそこに関係するような違いはあったりする。一般に日本人の研究者は、西洋の研究者が原理原則を重視して体系化するのに対し、「個物を崇拝し、それをたくさん集めて一個一個詳しく記載するのは好きだけど、体系的に説明しようとはしない」。ただ、日々の生活において人々が身の回りの物=万物を「分類」しているのは事実。その考え方においては領域間の壁はまったくない。
「壁を超えた先に何が見えるのか」
 それを見るのが三中氏の「夢」だ。

講師紹介

三中 信宏(みなか のぶひろ)
三中 信宏(みなか のぶひろ)
独立行政法人農業環境技術研究所 上席研究員
東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授
1958年京都市生まれ。東京大学大学院農学系研究科卒業。独立行政法人農業環境技術研究所生態系計測研究領域上席研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科教授(生物・環境工学専攻)。専門は進化生物学・生物統計学。現在は主として系統樹の推定方法に関する理論を研究を行っている。主な著書に『系統樹曼荼羅:チェイン・ツリー・ネットワーク』(共著、NTT出版)、『文化系統学への招待:文化の進化パターンを探る』(編著、勁草書房)、『系統樹思考の世界』(講談社)、『分類思考の世界』(講談社)などがある。