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イベントレポート

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2013年1月22 日(火) 19:00 ~ 21:00

馬見塚 健一 (まみつか けんいち) / 日本スポーツGOMI拾い連盟代表理事

アイデアの掛け算
やる勇気と、感じる心

「ゴミ拾いはスポーツだ!」を合言葉に2008年より活動を始めたスポーツGOMI拾い。今や全国で年間50回以上の大会を開催し、週末の度に全国を駆け巡る馬見塚氏。そのキッカケは日常生活におけるちょっとしたアクションからだった。日々の生活もちょっと視点を変えれば、意外な掛算でおもしろいコトになるモノに溢れている。溢れるアイデアをアイデアだけでは終わらせず、もったいないからやってみる!やってどうだったかを素直に感じてみる。それが気持ちいいと思ったらやり方を考え、やり続ける。そして最後は、やり続けるための仕組みを考えてみる。ちょっとした勇気と好奇心で仕事や人生をもっと楽しくするヒントに迫ります。

「道は自然と開ける」というアドバイスを胸に

2013年第1回目のセミナーは、d-laboにとって記念すべき300回目のセミナーとなった。御登壇いただいたのは『日本スポーツGOMI拾い連盟』代表理事の馬見塚健一氏。「ゴミ拾い」に「スポーツ」を掛け合わせるというユニークな取り組みで注目を集めている馬見塚氏の活動。セミナー前半は起業家としての講師の来歴及び手がけてきたいくつかのプロジェクトについて、後半はゲストに株式会社ピリカCEOの小嶌不二夫氏を迎えて「スポーツゴミ拾い」についてお話をしていただいた。
馬見塚氏は鹿児島県の出身。大学卒業までを地元・鹿児島で過ごした。学生時代の自分を振り返ってみると「将来の進路をどうするか悩みに悩んでいた」という。
「いま思うと、夢とかいう以前に自分さがしをしていた大学4年間でした。」
そこで頼ったのが「天文館の母」と呼ばれる地元では有名な占い師。「道は自然と開ける。まずは自然と降りてきた仕事を5年間つづけなさい。」とアドバイスされた馬見塚氏は、内定をくれた広告代理店に就職を決める。配属先は熊本営業所。ここで営業職として鍛えられた。そして5年が経ったころ、占いに合わせたかのように取引先からヘッドハンティングを受ける。転職し、そこでも5年間働いた馬見塚氏は、「そろそろ自分のやりたいことをやろう」と独立を果たす。設立した会社はその名も「にゃんこ先生アートプロジェクト」。一見ふざけたネーミングのようだが、そこには「ネコのように自分の好きなことだけをしたい」という思いが込められていた。その後はビジネスパートナーとともに「バリアフリージャパン」という新会社を設立し、東京に進出してマーケティング事業を手がける。
順風満帆のように見えた東京進出。しかし、これは大手に市場に奪われる形で頓挫してしまう。あらたに新会社「深浸呼吸有限責任事業組合」をつくった馬見塚氏はかねてから関心のあった「環境」と「スポーツ」を軸に事業を起こせないかと考えた。
「年齢的には30代、自分はいったい何をしているのだろうと落ち込んでいた時期でした。」

環境循環型活動『mawaru project』をスタート

事業を成功させようと必死に働く毎日。自由な時間が持てない状況のなか、「鬱の前兆のようなものを感じた」という。そこで思いついたのが「早起き」。毎朝4時半に起きて、横浜にある自宅のまわりをランニングすることにした。どんなに忙しい日々でも、この朝の一時だけは自分の時間。これが馬見塚氏に「自分を取り戻すきっかけ」を与えてくれたという。
最初の頃は走っていても頭に浮かぶのは自分のことばかり。だが、ある頃から町の風景が目につくようになった。とくに気になったのは落ちているゴミ。気がつくとゴミを拾いながら走っている自分がいた。ここから生まれたのが「スポーツゴミ拾い」だった。
一方でビジネスもまわりだしていた。「深浸呼吸有限責任事業組合」を立ち上げたのは、「循環型社会」がひとつのトレンドとなっていた2005年のこと。そのなかで馬見塚氏は日用品などの「コモディティ商品」の売上の10パーセントを環境保全活動に還元しようという「mawaru project」を開始する。
映像を交えて紹介されたのは、メッセージや地球の絵が入ったゴミ袋「mawaru fukuro」やプロ野球選手のユニフォームのリユース活動、ソロモン諸島の蜂蜜のブランディング化プロジェクト、大島紬の振興活動等々。プロジェクト名の「mawaru」は「ヒトモノカネ」に「想い」を乗せて「まわす」という意味。10パーセントの収益は主に環境問題に従事しているNPOやNGOの支援に当てられているという。

ゴミ拾いにスポーツの爽快感を!

後半は『ピリカ』の小嶌氏の紹介から。小嶌氏の会社が提供する『ピリカ』は「世界をきれいにしよう」という発想のもとに生まれたユニークなスマートホン向けアプリだ。利用者は見つけたゴミを拾い、写真に撮ってアップ。するとそれが地図に表示され、世界のどこかで善意によってゴミが拾われたことがわかるというシステムで話題となっている。馬見塚氏とは志をともにする「ゴミ拾い仲間」。昨年5月には世界中の人々を対象に「地球ゴミ拾い大会」を共同企画、10万人もの人々が参加するイベントを成功させた。
そして話は『スポーツゴミ拾い』へ。2008年に始まったこの新しい「スポーツ」は、前述したように馬見塚氏の「毎朝のランニング」から生まれた。町のゴミが気になった馬見塚氏。それを拾うようになると、今度は「右手でなく左手で」「スピードを落とさずに」という具合に自らにルールを課すようになっていったという。そうするうちに「ただの汚いゴミ」が「ターゲット」へと変わっていった。
「それで、これはおもしろいかも、と思ったのが『スポーツゴミ拾い』だったんです。スポーツの持つエネルギーで何かできないかと。」
スタッフは『mawaru project』で知り合った大学生たち。皆で1か月かけてルールを練り、1チーム5人制の競技を生み出した。
「第1回目の舞台は渋谷。NHKに取材に来てもらい、大学対抗で大会を開きました」
優勝した日本女子大のチームのメンバーからは「スポーツだから参加した」という声が聞かれた。ただのゴミ拾いもスポーツと掛け合わせれば楽しんでやってもらえる。「これだ!」と手応えを感じた馬見塚氏はその後も全国各地で大会を開催しつづけた。競技は「チームで参戦し、決められたエリアの中で1時間の間にどれだけゴミを拾えるか」というわかりやすいもの。今では自治体や企業を中心にオファーが殺到、ほぼ毎週どこかで開催されるという人気イベントとなっている。
「『スポーツゴミ拾い』の良さは、ゴミ拾いにスポーツの爽快さ、勝ったときの喜び、負けた悔しさなどがプラスされている点。国立環境研究所の調査でも普通のゴミ拾い活動に比べて持続性が高いと評価されています。」
開催した大会は現在までで約130大会。小さな子供から高齢者まで参加できるうえ、同じ地域にいながら普段は接点のない人々同士の交流の場ともなっているという。
「情熱を持って行動すれば人は賛同してくれるものなんです。」
そう話す馬見塚氏に「夢を追いつづけてよかったことは何か」と訊いてみた。
「夢を追うなかで生まれた人との出会い。これが自分の財産かなと思います。」
300回目にふさわしい熱のこもったセミナーは満場の拍手で幕を閉じた。

講師紹介

馬見塚 健一 (まみつか けんいち)
馬見塚 健一 (まみつか けんいち)
日本スポーツGOMI拾い連盟代表理事
1967年鹿児島生まれ。大手広告代理店の営業からプランナーへ転身し、2006年に環境とスポーツをデザインするブランディング集団深浸呼吸有限責任事業組合、2009年には一般社団法人日本スポーツGOMI拾い連盟を設立。現在は株式会社ブレインにも所属。ゴミ拾いという社会貢献活動にスポーツの要素を取り入れた「スポーツGOMI拾い」や、プロ野球球団の使わなくなったフラッグやユニフォームを服飾を学ぶ学生とリメイクし、販売した収益を環境貢献活動にまわす「Re-spo まわるプロジェクト」を主導。いくつかの、社会貢献滑動とスポーツを掛算するプロジェクトを立ち上げ、係わる全員が気持ちよくwinになる掛算で0から1をつくり続けている。